岡山地方裁判所 平成5年(ワ)253号 判決 1994年2月28日
原告
須田宣嘉
ほか一名
被告
友杉順一
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金一四五七万〇二三三円及び内金一三三二万〇二三三円に対する平成四年三月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告らに対するその余の請求を全部棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担、その余を被告らの負担とする。
四 この判決の一項は仮に執行することができる。
事実及び争点
第一請求の趣旨
被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金三九二八万二九八九円及び内金三七二八万二九八九円に対する平成四年三月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、連続して発生した後記二重の交通事故により死亡した被害者の実父母が加害車両運転手二名に対し、共同不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
二 本件交通事故の発生
1 本件第一事故
日時 平成四年三月二九日午後一一時一三分ころ(雨天)
場所 岡山市新福一丁目二二番二八号先交差点東側出口付近の国道二号線バイパス北側側道上(県道と交差)
加害車両 被告友杉(昭和四四年九月二〇日生)運転の普通貨物自動車
被害者 須田一也(昭和五〇年六月二〇日生)
態様 被告友杉が加害車両を運転して前記交差点を青色信号に従つて南から東へ右折するに際し、同交差点東側出口に設けられた横断歩道上の歩行者の有無とその安全を確認すべき注意義務を欠いたまま漫然時速約三〇キロメートルの速度で右折進行した過失により、折から同横断歩道上を青色歩行者信号に従つて南から北へ横断歩行中の被害者に自車右前部を衝突させて同人を路上に転倒させ、同人に左右各下腿後面皮下出血等の傷害を負わせたが、救護義務(報告義務も)を怠り、同人を路上に転倒させたまま放置してその場から走り去つたため、約三分後に本件第二事故を惹起させて同人を死亡するに至らせたもの
本件第二事故
日時 同日午後一一時一三分ころ
場所 前記交差点東側出口付近
加害車両 被告笠原(昭和四一年三月一日生)運転の普通乗用自動車
被害者 前記須田一也
態様 被告笠原が加害車両を運転して前記交差点を先行車両に追随し青色信号に従つて西から東へ直進通過するに際し、車間距離を十分にとりつつ前方を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務を欠いたまま漫然時速五、六〇キロメートルの速度で進行した過失により、折から本件第一事故により路上に転倒していた被害者の存在に全く気づかず、その頭部、顔面等を自車底面等で轢過、轢圧して同人に(左側)頭蓋骨陥没骨折及び頭蓋底骨折を伴う脳挫滅等の傷害を負わせ、翌三月三〇日午前七時一四分ころ、収容先の岡山赤十字病院において、右傷害により同人を死亡するに至らせたもの
なお、被告笠原も、本件第二事故後、前方に停車した際、本件第二事故の発生を目撃者から知らされたが、救護義務、報告義務を怠り、その場から走り去つて逃走している。
3 刑事処分
被告友杉 業務上過失致死罪、道路交通法違反の罪により懲役一年二月の実刑
被告笠原 業務上過失致死罪により罰金一〇万円(道路交通法違反の点は不明)
三 被害者の身上
被害者は、死亡当時満一六歳の高校一年生で、原告須田宣嘉(昭和一九年一月二九日生)、同須田豊子(昭和二六年四月一一日生)の二男であつた。原告らには、他に長男浩(昭和四八年二月一二日生)、長女典子(昭和五四年八月三日生)がいる。
四 因果関係等
被害者は、本件第一事故により加害車両衝突時のバンパー創と認められる前記左右各下腿皮下出血等の傷害を負つたにとどまり、致命傷となつたのは本件第二事故による前記頭部の傷害であつた(甲五号証の六)。しかし、被害者は、本件第一事故後、「頭を西に向けて体の左側を路面につけ」「体を振るわす等ケイレンをして」いた(同号証の二三)状態で本件第二事故に遭遇したものであつて、本件第一事故と第二事故の時間的接着性、場所的同一性、事故態様及び道路状況、交通量等に鑑みると、刑事裁判においても業務上過失致死罪の成立が認められているとおり、被告友杉の行為と被害者死亡との間に事実的因果関係が認められる。なお、被告笠原の行為にこれが認められることは明らかである。
また、被告らは、両名ともその過失を争わない。
第三争点
一 損害賠償責任の範囲と過失相殺
被害者の死亡については、被告らの各行為のいずれもが事実的因果関係を有することは前記のとおりであるが、その損害賠償責任について、被告らがいかなる範囲、割合で責任を負うべきかにつき争いがある。すなわち、原告らは、民法七一九条一項前段の共同不法行為が成立することにより、被害者に生じた損害全額につき被告ら各自にいわゆる不真正連帯責任がある旨主張する。これに対し、被告らは、それぞれ各被告の寄与度に基づいた個別責任を主張し、かつ、その責任割合につき、被告友杉は、各自五対五を、被告笠原は、友杉三対笠原一を主張する。
また、被告笠原は、同被告にとつては、被害者が夜間路上に横臥していた関係にあり、しかも、本件交通事故現場が交通量の多い幹線道路であることに照すと、同被告の負担すべき損害額については、五割以上の過失相殺がなされるべきであると主張する。
二 損害額
特に、逸失利益につき、原告らは、大卒男子労働者の全年齢平均給与額を基礎として、生活費控除率四〇パーセント、中間利息控除新ホフマン方式(二二歳から六七歳まで)による算定額金七六五六万七〇〇八円を主張し、被告らは、いずれも高卒男子一八歳労働者の平均給与額を基礎とし、生活費控除率五〇パーセント、中間利息控除同様の新ホフマン方式(但し、始期は一八歳)による算定額金二一五七万九九二七円を主張する。
第四証拠 本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 争点一について判断する。
先ず、民法七一九条一項前段の共同不法行為は、加害者ないし加害行為間に一定の関連がある場合に、各加害者の個別的寄与度を問うことなく、生じた損害全部について各加害者に連帯賠償責任を負わせる制度であるから、その成立を認めるためには、各加害者につき損害全部を負担させるのを相当とすべき事情が存在することを要する。
そこで、これを本件についてみるに、被告笠原については、前記のとおり、本件第一事故によつては適切な医療措置を受けることで容易に治癒するであろうと推測され、その意味で比較的軽度の外傷を受けたに過ぎない被害者に対し、同被告が致命傷を与えて死亡するに至らせたものであるから、結果に対する直接的原因力の観点からみて、これによる損害全部を賠償すべき合理的根拠がある。一方、被告友杉については、確かに同被告の行為自体によつて被害者に与えた傷害は右の程度であつたとしても、前記第二の四に記載した事情からすれば、本件第二事故は、本件第一事故の必然的結果ともいうべきである上に、甲一八号証、五号証の三三第三項によれば、同被告は、本件第一事故後、二次的事故が発生するおそれがあることを認識しながら救護義務を怠つたことが認められるのであるから、同被告についてもまた被害者死亡による損害全部を賠償すべき合理的根拠があるというべきである。
そして、これに加えて、本件第一事故と第二事故とが社会通念上は連続受傷による一個の死亡交通事故と評価し得ることを併せ考慮するならば、被告らの各行為につき、いわゆる客観的共同による同条項所定の共同不法行為の成立を認めることができる。
次に、被告笠原主張の過失相殺について検討するに、なるほど同被告にとつては被害者が単なる路上横臥者であつたことに相違ないけれども、しかし、被害者は、横断歩道上を青色歩行者信号に従つて横断歩行中に本件第一事故に遭遇し、さらに前記第二の四記載のとおりに路面に転倒して痙攣を起こし、全く自己の生命、身体の安全を守れない状態に陥つていたのであるから、このような被害者についてまで過失相殺事由があると認めることは、あまりに被害者に酷に過ぎる。そもそも過失相殺制度は、完全賠償の原則と危険の自己負担、自己責任の原則との接点として損害の公正な配分を図るべく設けられたものであるが、本件においては、自然力が作用した訳ではなく、被害者の資質、素因に問題があつた訳でもなく、一連の経過において被害者になんらの落ち度もなく、共同不法行為者による先行行為により、最終的には被害者としても行動不能の、全面的無防御の状態に陥つて死亡したのであるから、このような場合にいずれも「過失」ある「共同」不法行為者と「無責」の被害者とを対照させて考えるならば、ひとまず共同不法行為者各自に損害全部を負担させて賠償を全うさせた上で、事後の求償関係により共同不法行為者相互の調整を図ることこそ不法行為法の理念に適つた公正な損害配分というべきである。
したがつて、右事情であつたからといつて過失相殺をすべきではなく、被告笠原の主張は採用することができない。
なお、被告友杉と被告笠原との責任割合については、結果に対する原因力、双方の各過失の程度、とりわけ被告友杉の救護義務違反、右に述べた過失相殺をしない事情等諸般の事情を考慮すると、友杉七対笠原三が相当であろう。
二 争点二について判断する。
本件のような就労間近の学生、生徒の逸失利益の算定については、当事者主張のとおり、基礎年収額の採り方によつて損害額に相当の差が生じ、しかも、それがいずれも一般に妥当と認められた計算方法の差異だけに基づいて生じているのであるから、その不合理は無視し得ない。そこで、逸失利益の算定は次の方法によることにする(いわゆる表計算方式、判例タイムズ七一四号一七頁参照)。すなわち、年収とし賃金センサスによる平成四年度の高卒男子労働者の各年齢別平均給与額(一八歳から六七歳まで)を採用し、これにライプニツツ係数(現価)を乗じて将来の中間利息を控除した各年別の現価を算出して累計すると、別紙計算書のとおり、金七七二八万二九九二円となる。これに独身男性相当の生活費控除率五〇パーセントを乗じると、賠償すべき逸失利益は金三八六四万一四九六円となる。原告らの主張中には、大卒男子労働者の給与額を採用すべきであるとの部分があるけれども、被害者は高校一年生であり、大卒までなお不確定的要素が多すぎること、受験料、入学金、授業料等々大卒までには相当経費がかかるはずであるのに、これを度外視して年収だけその数値を採用するのは不合理であることから、右主張は採用できない。
葬祭費(原告らの主張は金二〇〇万円)は、被害者の年齢、身分等を考慮して金一〇〇万円を相当と認める。
慰謝料(原告らの主張は金二六〇〇万円)は、不幸、短命、しかも、甚だ気の毒にも被害者は二度にわたつて救護義務違反、いわゆる轢き逃げされて死亡したのであつて、無念のほどは文字通り察するにあまりある。そして、特に被告友杉についてはその情重く、また、被告笠原については遺体の惨状等を考慮してこれらをいずれも加算事由とし、賠償すべき慰謝料は各被告とも金二〇〇〇万円をもつて相当と認める。
以上を合計すると金五九六四万一四九六円であり、これから既に支払済の損害填補金三三〇〇万一〇三〇円を控除すると、金二六六四万〇四六六円となる。
弁護士費用は、金二五〇万円を相当と認める。
三 以上合計金二九一四万〇四六六円が被害者の本訴において賠償を要し、かつ、被告らにおいていわゆる不真正連帯にて支払うべき損害額というべきところ、原告らは被害者の実父母であるから、その各二分の一宛である金一四五七万〇二三三円(弁護士費用相当分を控除した金一三三二万〇二三三円に遅延損害金を付す)が各自の請求に対する認容額である。
(裁判官 近下秀明)
別紙 逸失利益計算表